サールナート

バラナシの郊外約10キロ、車で30分強のところにサールナートはあります。
鹿野苑の名でも知られるサールナートは初転法輪の地であり、四大仏跡の一つ。
初転法輪とはお釈迦様が最初の説法を行ったということ。仏教教団発祥の地でもあります。
2005年12月、2012年12月訪問

写真は遺跡公園内から見たダーメク・ストゥーパ


ブッダ・ガヤで悟りを開いたお釈迦様は、その教えを人々に説くことを決意し、バラナシ郊外のサールナートを目指します。ブッダ・ガヤから直線で約200キロ。バラナシは今でもヒンズーの聖地ですが、当時のサールナートもバラモン教修行者の聖地でした。

お釈迦様は初転法輪の相手として、かって自分が師事した二人の仙人アーラーラー・カーラマとウッダカ・ラーマプッタを考えましたが、二人がすでに亡くなっていたことから、修行を共にした五人のバラモン達を選んだのだそうです。この五人は苦行を捨てたシッダールタを軽蔑し、一旦は分かれた人達です。しかし、かって共に修行をしていたことから、彼らならば深遠な教えを理解してくれると考えたのでしょうね。

彼らは最初の説法により、仏陀の教えに帰依することとなり、ここに仏(悟った人・仏陀)、法(仏陀の教え)、僧(仏陀の教えに救われ、実践する仲間)という三宝が初めて揃い、仏教教団が成立することとなりました。


遺跡公園(ダメーク・ストゥーパ・モニュメントサイト)

遺跡公園は芝生が敷かれ、広々とした開放的な空間です。
入ってすぐの場所には左右に僧院の跡らしきものが残っていました。
   


ところどころで各国の仏教徒達が説法を聞いています。




彼らの邪魔をしないように進むと、今度は大きなストゥーパの跡がありました。
これはダルマラージカ仏塔。紀元前3世紀にアショカ王が建てたものです。



基礎しか残っていないのは、18世紀に建材として利用するため破壊されてしまったから。
破壊された時、舎利が見つかったものの、当時の風習でガンジス河に流してしまったんだとか・・。
いったい誰の舎利だったのか・・・。もったいないことです・・・。
大ストゥーパの周囲を取り囲むように奉納塔の跡がいくつも残っていました。


公園のハイライトであるダメーク・ストゥーパを目指します。
左手がストゥーパ。右手の黄金の寺院はジャイナ教寺院。





ダメーク・ストゥーパ(法眼塔)

ダメーク・ストゥーパは初転法輪の地を記念して建てられたストゥーパです。
ここでお釈迦様が5人のバラモンを相手に最初の説法をしたわけです。



高さ43mという巨大なダメーク・ストゥーパは法眼塔とも言われるそうです。二重円筒形の変わった姿ですが、元々、紀元前3世紀にアショカ王が初転法輪の地を記念して建てたストゥーパが増築されていったもので、現在の姿は6世紀ころのグプタ朝のもの。上の方は未完成なんだとか。

このストゥーパからは「あらゆる現象は原因によって起こり、その原因がなくなればそれらの現象はなくなる」というお釈迦様の教えが刻まれた石板が発見されているそうです。

ストゥーパの下の方には壁龕が等間隔に開いていますが、かっては、ここに仏像が置かれていたと考えられています。近くによると、グプタ朝時代のレリーフが結構残っていました。


ストゥーパに残る美しいレリーフ。
   


蓮の花に座る神でしょうか・・・。





ダメーク・ストゥーパの先も綺麗に整備されていました。2005年に来た時は、ここまで整備されていなかったような・・・・。並んでいるのは、奉納塔、小さなストゥーパを奉納した跡だそうです。




奉納塔が並ぶ場所からダメーク・ストゥーパを見てみました。ストゥーパ尽くし。





パンチャ・ヤート



奉納塔が並ぶ場所を通って、公園入口方向に進むと、屋根で保護された建物の基壇部分がありました。何なのだろうと聞いてみたら、現地ガイドさんが問い合わせてくれて、ここが僧達の戒律違反を裁く場所だということが分かりました。戒律裁判所とでも言うべき場所でしょうか。5人の裁判官がいて、重罪の場合は教団から追放されたのだそうです。破戒僧というやつでしょうね・・・・。



ムルガンダ・クティ寺院(根本香積堂)



パンチャ・ヤートのすぐ隣にあるのが、ムルガンダ・クティ寺院(根本香積堂)。お釈迦様が悟りを開いた後、最初の雨季を過ごされた場所で、ここからは大変美しい初転法輪像が発掘されています。現在は基礎や壁の一部を残すだけですが、7世紀に玄奘が訪れた時には高さ61mもの寺院だったのだとか。



アショカ王柱

ムルガンダ・クティ寺院の裏手にアショカ王柱が残っています。

紀元前3世紀のアショカ王はインド統一や王位に就く過程で多くの血を流したことを悔い、仏教に帰依したといいます。

アショカ王は多くの仏跡を訪れ、その地に記念の石柱を建て、また、多くのストゥーパを建てました。

インドではアショカ王のマウリヤ朝、紀元後2世紀ころからのクシャーナ朝、4世紀から6世紀にかけてのグプタ朝において仏教が広く信仰されますが、その後、次第にヒンズー教が再び勢力を伸ばし、仏教は徐々に衰退していきます。

そして、1203年のイスラム侵攻によってインドの仏教は終焉し、多くの寺院は廃墟となりました。

それにもかかわらず、現在、八大仏跡を初めとする多くの仏教遺跡が分かるのは、アショカ王が石柱を立てていてくれたから。
アショカ王の石柱が出れば、その地がどういう場所なのか分かるのですから、その価値は凄いものです。


アショカ石柱付近から見たダメーク・ストゥーパ。
写真左手の屋根で保護された柵の中にアショカ石柱はあります。





サールナート考古博物館

遺跡公園のすぐ前にサールナート考古博物館があります。

この博物館は非常に素晴らしい展示品が多く、サールナート観光では絶対に外せない場所です。
しかし、残念ながら写真撮影は禁止されていて、カメラの持ち込みすらできません。
それならば、せめて本か絵葉書を置いて欲しいところですが、なぜか、そういったサービスも全くない。

非常に残念に思っていたら、数日後に訪れたパトナの遺跡公園(マウリヤ朝の都が残るクムラーハール)の小さな小さな博物館でサールナートの本を売っているのを見つけました。
右の写真がその本。値段は、なんと50ルピー。日本円にして75〜80円という驚くべき安さ。紙質は悪いですが、印刷はまあまあで写真が多く見ごたえがあります。

表紙になっているのは、世界史の教科書でもお馴染みのアショカ王柱。

サールナートから発掘されたもので、博物館を入ってすぐのホールに飾られています。

かなり巨大で、東西南北に睨みをきかせる4体の獅子、その足場には仏陀の教えの象徴である法輪と牛・馬・獅子・象のレリーフ、その下は美しい蓮華となっています。

奇跡的な保存状態の良さです。本当に美しい。

かっては4体の獅子の上に法輪が乗っていたそうで、発掘された法輪の一部も展示されています。

博物館には多くの仏像やヒンズー教の神々の像も展示されていますが、アショカ王柱と並ぶハイライトは初転法輪像でしょう。博物館、入って左手の奥に飾られています。

遺跡公園のムルガンダ・クティ寺院(根本香積堂)から美しい初転法輪像が発掘されたと書きましたが、この仏像がその初転法輪像です。上の本では2頁を使って紹介されていました。

5世紀、グプタ朝のもので、お釈迦様が最初の説法を行った時の姿を刻んでいます。

慈愛に満ちたお顔、実に美しいお姿。実物は写真より更に神々しく、見飽きることがありません。

お釈迦様の手の印は両手の親指と人差し指で輪を作るもので、金剛法座に座っていらっしゃいます。
お釈迦様の下には鹿野苑であることを示す鹿と法輪。法輪を囲む人々は最初の5人のバラモンかと思ったら6人いました。この意味は聞きそびれました。説法を聞く人々、ということなのでしょうか?

「初転法輪」という言葉の中にも「輪」が出てきますが、古代インドでは「輪」というのは最強の武器で、巨大な輪を山の上から転がして敵の城門を破壊したりしていたのだそうです。仏陀の教え(法)には邪悪なものを倒す力があるという意味で、説法を法輪で表わし、最初に説法を行ったことを最初に輪を転がした・・・初転法輪というのだそうです。

博物館には、他にも美しい仏像が多く、髪の長いマイトレイヤー・弥勒菩薩像などは貴族の王子のような美しさがありました。

お釈迦様の一生を描いたレリーフも見事です。



チャウカンディ・ストゥーパ(迎仏塔)



遺跡公園・博物館の南880mのところにもストゥーパがあります。このストゥーパは5人のバラモンがお釈迦様を出迎えた場所と言われています。お釈迦様を苦行から逃げ出した者と考えていた5人は、当初はお釈迦様を無視しようとしますが、近づくお釈迦様の姿から感じるものがあったのか、この地で出迎え、そして、その後、初転法輪がなされるわけです。

このストゥーパ、上部の塔はムガール帝国3代皇帝アクバルが建築したもの。元々は紀元前3世紀のアショカ王の時代に建てられ、グプタ朝に増築されたものだそうです。



サールナートの遺跡公園は広々として気持ちのいい場所ですし
博物館は実に見ごたえがあります。
バラナシという大都会からすぐ近くなのも嬉しい。


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参考文献

「仏陀誕生の地 ルンビニは招く」(パサンダ・ビダリ著)
ルンビニの法華ホテルで買った本です。
SARNATH Archaeology,Art&Architecture(Archaeological Survey of India)
パトナで購入した本。サールナートの博物館に是非置いて欲しい。

「ブッダの生涯」(新潮社とんぼの本 小林正典・三友量順著)
「ブッダの生涯」(創元社「知の再発見」双書 ジャン・ボワスリエ著)
「原始仏教」(NHKブックス 中村元著)
「原始仏典」(ちくま学芸文庫 中村元著)
「『ブッダの肉声』に生き方を問う」(小学館101新書 中野東禅著)


基本的には添乗員さんの説明を元にまとめています。