オシオス・ルカス修道院

ビザンティン帝国の栄華を語る
山の麓の静かな修道院
モザイクの美しさに感動聖堂
2020年1月訪問

写真は入り口付近から見た修道院


オシオス・ルカス修道院はデルフィ近郊のヘリコン山の麓にある修道院です。デルフィ出身の修道士ルカスが10世紀に創建しました。ルカスはビザンティン皇帝ロマノスによるイスラム教徒からのクレタ島奪還を予言し、953年に亡くなりますが、それから間もない961年にロマノス2世がクレタ島を征服します。クレタ島を抑えることはビザンティン帝国がエーゲ海・地中海東部の制海権を握ることを意味します。予言が実現したことでルカスへの崇拝が強まり、ロマノス2世の妻は修道院に多くの寄進を行いました。国力を回復したビザンティン帝国は11世紀初頭にブルガリア王国を滅ぼし、バルカン半島に安定がもたらされます。このころからルカスの遺体から香油が出るとして修道院はバルカン半島有数の巡礼地となりました。修道院には10世紀に建てられた生神女聖堂、11世紀に建てられたモザイクが美しい中央聖堂が残り、世界遺産に登録されています。


駐車場でバスを降りて坂を下りていきました。

 鐘楼が見えてきました。
鐘楼の横が入り口のようです。


ちょっと引いて撮ってみました。修道院には多くの建物があるようです。


ルカスはデメテル神殿があった場所に修道院を作ったのだそうです。
ギリシャの古い修道院や教会はかってのギリシャの神殿跡に造られたことが多い気がします。

入り口のモザイクはルカスでしょうか



入り口から入ると正面には修道士たちが暮らす建物
現在は5人しか暮らしていないとのことでした。


修道士たちの住居手前に立派な建物があります。

中央聖堂

11世紀に建てられた中央聖堂


石材を積み重ねた聖堂ですが、石材の大きさがばらばらな印象。
窓や入り口周辺は煉瓦で飾られています。

ナルテクス(玄関部分)

中央聖堂に入ると、目の前に「全能者ハリストス(キリストのギリシャ語読み))」



見事なモザイクに驚かされました。
   

教会の玄関部分(前室)をナルテクスと言うのだそうですが、聖堂に通じる入り口の上部に全能者ハリストスが描かれているだけでなく、ナルテクス全体の上部が見事なモザイクで埋め尽くされています。壁面には磔刑などのキリストの生涯、そして天井やアーチには聖人や天使たち。

ナルテクスというのは本来は聖堂内の儀式に参加できない未洗礼者等のための場所らしいです。
玄関部分なのに、こんなに美しいとは・・・



南から見たナルテクス
 
 北から見たナルテクス


北面 「洗足」


東面 「磔刑」


東面 復活


南面 トマスの不信


イエスの復活を信じず、聖痕に指を入れて確認しようとするトマス。トマスの顔は潰されています。
現地ガイドさんによると、地元の人がトマス悪い!って潰しちゃったんだそうです。

玄関部分だけで大興奮ですが、聖堂内に進みます。

聖堂



素晴らしい聖堂です。厳かで、それでいて華麗で。

 至聖所後陣には聖母子
 祭壇上部には聖神降臨 アーチには天使


天井部分


聖堂・中央広間は9m四方の正方形をしています。その上部に4つのアーチと4つのスクィンチ(4隅の窪み)で8角形を作り、それを足場として直径9mのドームを乗せるという構造。このような構造は複合型スクィンチ式教会堂と呼ばれ、オシオス・ルカスの中央聖堂はその傑作とされています。4つのスクィンチには(今は1つが失われていますが)11世紀の見事なモザイク(「降誕」「主の迎接」「洗礼」)が描かれています。巨大なドームは16世紀に地震で崩落し、その後修復したもの。ドームには全能者ハリストスと天使がフラスコ画で描かれました。

ドームと至聖所上部
 
 ドームの天使


個々のモザイクやフレスコ画も見事なのですが、聖堂内全体の雰囲気が素晴らしい。
複合的スクィンチ式教会の傑作と言われるのも納得。

写真は至聖所の天井付近。右のスクィンチに描かれているのは「降誕」。キリストの誕生シーン。


左側のスクィンチのモザイクが剥落しているのが残念。

他のスクィンチのモザイク
 主の迎接
 洗礼

右上、ヨルダン川でのヨハネによるイエスの洗礼
水の表現が独特です。中世っていう感じ。

モザイクで飾られているのはスクィンチだけではありません。
アーチなど様々な場所が美しいモザイクで飾られています。
   

金箔や石・ガラスを使うモザイクというのは大変お金がかかったそうです。
きっと莫大な寄進が修道院に寄せられていたのでしょうね。

モザイクで描かれているのはキリスト、聖母子、天使、そして聖人でしょうか。



聖人や司祭も数多く描かれています。



見事なモザイクの数々に目を奪われますが、きりがないので隣の聖堂に移動します。中央聖堂は隣の聖堂と繋がっていて、2つの聖堂を繋ぐ廊下部分には聖ルカスのミイラが置かれています。
写真を撮っても大丈夫と言われましたが、ガラスの棺?に入っていて、薄暗い通路で写真を撮ってみたものの上手く写りませんでした。隣の聖堂は生神女聖堂(マリア聖堂)といいます。


生神女(マリア)聖堂

ナルテクス部分
 
 聖堂内

中央聖堂とは違って装飾の少ない聖堂です。現地ガイドさんは「マリア聖堂」と言っていましたが、正式には「生神女(しょうしんじょ)聖堂」と言うようです。我々はキリストの母を「聖母マリア」と言うことが多いですが、「聖母」というのはカトリックでの敬称で、正教会では「神を生みし女」こと「生神女」という敬称を用いるのだとか。この聖堂は10世紀に内接十字型という中期ビザンティン教会の代表的様式で建てられました。中央聖堂より古い建物でロムレス2世の妃の寄進で増築・改築されたものと考えられています。モザイクやフレスコ画などの装飾は残っていませんが、薄暗い聖堂内はなんとも厳かな雰囲気です。見学してたら司祭様たちが入ってきて緊張しちゃった。

ぶれちゃったけれど雰囲気は伝わるでしょうか。



2つの聖堂を見学後、現地ガイドさんが地下聖堂に案内してくれました。

地下聖堂(ハギア・バルバラ聖堂)

中央聖堂の地下にはハギア・バルバラ聖堂という地下聖堂があります。

地下聖堂入り口
 
 聖バルバラ


地下聖堂には聖ルカスの棺が置かれています。


この地下聖堂はかっては墓所でした。聖ルカスは元々はここに葬られ、聖ルカスの棺の周囲には多くの棺が置かれていたのです。聖ルカスの奇跡を求めて多くの巡礼者が訪れるようになると、この墓所の上に中央聖堂が築かれ、この墓所はギリシャ正教で人気の聖女バルバラを祀る地下聖堂となりました。天井や壁には多くのフレスコ画が描かれていて、それぞれの壁画も興味深いのですが、かって棺が置かれた台はそのまま残っていて、正直少し怖い。

   


自由時間に聖堂の周囲を散策してみました。

 中央聖堂を支える石組
 窓の周囲は煉瓦で美しく装飾されていました。

石組と煉瓦の組み合わせが美しいですね。

裏手に回ってみました。左が中央聖堂、右が生神女聖堂だと思います。


正面から見た時は不揃いな石組が目立ったのですが、裏に回ると窓の付近だけでなく聖堂全体が煉瓦で飾られているのがよく分かります。このように石材の水平・垂直方向を煉瓦で縁取る工法をクロワゾネ積みというそうです。水平方向の飾りがアクセントになっていて美しい。


山の麓の静かな修道院です。
数日前は大雪で来ることもできなかったんだよ、と現地ガイドさんが言っていました。
天気に恵まれて幸せです。子猫も日向ぼっこをしていました。
   

オフシーズンの1月に訪れたということもあるのでしょうけれど
実に静かな修道院で他の観光客もほとんどいませんでした。
これだけ見事なモザイクがあるのに不思議。


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参考文献

21世紀世界遺産の旅 小学館
生き残った帝国ビザンティン 井上浩一著 講談社学術文庫
ビジュアル図解聖書と名画 中村明子著 西東社

基本的には現地ガイドさんの説明を元にまとめています。