オリンピア遺跡

古代オリンピックが行われたオリンピア
遺跡と博物館を訪れました。
桃色のハナズオウの花が満開でした。
2017年4月訪問

写真はフィリペイオン


古代オリンピックが行われたオリンピアはペロポネソス半島北西部のエリス地方に位置します。古代のオリンピックはゼウス神に捧げられた祭事でした。その始まりについては、アガメムノンの祖先であるペロプスがエリス王オイノマスとの戦車競技に勝った後にゼウス神に感謝してこの地で競技会を開いたとか、ヘラクレスが約束を破ったエリス王アウゲイアスを倒した後に競技会を開いた・・といった様々な伝説がありますが、記録上明らかなのは紀元前776年に領内の疫病に悩んだエリス王がアポロンの神託により再開したということ。
当初は近隣のポリスのみで行われていましたが、次第にギリシャ全土のポリス、更には海外の植民市が参加するようになります。ローマ時代になってもオリンピックは続き、キリスト教が広まった後の393年にテオドシウス1世の異教神殿廃止令で禁止されまで、実に1200年近くの長きに渡って、この地で4年に1度オリンピックは行われ続けたのです。

オリンピア遺跡

朝、遺跡の門が開くと同時に観光しました。
陽はまだ低いですが、遺跡周辺は清々しい雰囲気 
桃色のハナズオウの花が目に付きます。


遺跡は2つの川に挟まれた地にあります。遺跡に入る前に橋を渡りました。

入口付近にあった地図。主な建物の名前を入れてみました。
地図右下のギュムナシオン付近が遺跡入口です。


遺跡中央部が聖域。元々は神殿がなくゼウスの祭壇があったとのことですが、前7世紀にヘラ神殿が、前5世紀前半にゼウス神殿が築かれました。ヘラ神殿はギリシャに残る神殿で最古のもの。またゼウス神殿は内部に巨大なゼウス像が置かれ、古代7不思議の1つとされました。
神殿からスタジアムに向かう途中の丘には各ポリスや植民市がゼウス神に捧げた奉納品を入れる宝庫が並び、遺跡の右半分には練習場や宿泊施設が並んでいます。ゼウス像を造った彫刻家フェイディアスの仕事場もあります。


ギュムナシオン(体育場)

遺跡に入ってすぐに目に入る細長いギュムナシオン(体育場)
柱が2列に並び、その向こうが広大な広場



非常に長い運動場ですが、川に流されて残っているのは4分の1ほどなのだそうです。オリンピア遺跡は2つの川に挟まれた場所にありますが、6世紀の地震で神殿等が倒壊し、その後、川の氾濫で埋もれてしまい、18世紀に発掘が始まるまで忘れ去られていたのだとか。


パレストラ(闘技場)

少し進むと見えてくるのがパレストラ



パレストラは四角い建物で、中央が格闘技の練習場、その周囲に小部屋が並んで、選手たちの宿泊所となっていたそうです。





神官の宿舎とフェイディアスの仕事場


手前が神官の宿舎、奥のハナズオウの裏がフェイディアスの仕事場



フェイディアスの仕事場


やけに保存状態が良いと思ったら、フェイディアスの仕事場は後に跡地にビザンティン教会が建てられているのだそうです。確かに中を覗くと十字のレリーフが残っていました。これはオリンピックが禁止された後の建物なのでしょう。

この場所がフェイディアスの仕事場と呼ばれるのは、ここから工具や彼の名前が書かれた陶器が見つかったから。

フェイディアスはアテネのパルテノン神殿のアテネ女神像やパルテノン神殿を飾る多くのレリーフを造った偉大な彫刻家。
オリンピアのゼウス神像も彼の作とされており、この場所で世界7不思議に数えられたゼウス神像が造られたとされています。

もっともギリシャ人は人の足を引っ張ることが好きだったようで、彼はアテネ女神像を象牙と黄金で造った際に金を横領したと疑われたりしています。横領の疑いは晴れたものの、次に女神像の盾に自分の姿を彫ったと訴えられて投獄。

そのまま獄死したという説と逃亡したという説があるそうですが、オリンピアのゼウス像はアテネ像の後に造られたというのが有力らしく、だとしたら、上手く逃亡したことになります。


レオニデオン(宿泊所)




フェイディアスの仕事場から更に真っ直ぐ進むとレオニデオンに出ます。ここはオリンピア遺跡で最も大きな建造物の跡。宿泊所と訳されますが、普通の人の宿泊所ではなく、王侯貴族のためのものだったとのこと。四角形をしていますが、その中央には噴水もあったそうです。王侯貴族がオリンピックを楽しむための豪華な施設だったんでしょうね。


プレウテリオン(評議会場)



レオニデオンから左に横に折れて進むと、左手にゼウス神殿、そして右手にプレウテリオン(評議会場)が見えて来ます。プレウテリオンはオリンピックに参加した選手が宣誓をした場所。ゼウス神に不正を行わないことを誓ったのだそうです。選手宣誓の歴史も古いんですねえ・・・

レオニデオンの向かい側、左側に見えるのがゼウス神殿です。

ゼウス神殿




ゼウス神殿は今では復元された柱が1本立っているだけの廃墟です。
少し前までは神殿の中に入れたそうですが、現在は危険防止のためか立入が禁止されていて、周囲から見るしかありません。

かっての神殿は長さ約64m、幅約27mで、アテネのパルテノン神殿とほぼ同じ大きさでした。
高さ10mの柱が、正面から見て6本、横から見て13本立ち並んでいたといいます。
現在の姿からかっての姿を想像することは難しいですが、神殿の周囲に転がる柱の残骸の巨大さからは、威容を偲ぶことはできます。柱の太らは6人が手を伸ばして囲むほどだったとか。

このゼウス神殿は、彫刻家フェイディアス作のゼウス神像で有名で、ピラミッドと並ぶ世界7不思議の1つでした。傑作中の傑作とされ、「畏敬の念を起させるのみでなく、神性の完璧な表現」とか「かような傑作を見ることもなくして死ぬものは不幸だと誰でも考える」とか古代の人々に絶賛されまくっています。

そこまで絶賛されながら、本体は失われ、コピーもなぜかありません。どんなに立派だったんでしょうか・・・。


かっての神殿正面


ゼウス神殿は前470〜前456年ころ完成したとされています。

神殿復元図
 
 ゼウス神像想像図。13.5mもの高さだったとか。

柱の太さが大人が6人で手を伸ばして囲むほどというのを聞いた時は嘘だと思ったんですが
この復元図を見ると、本当なのかもしれません。実に巨大な神殿です。
ほぼ同じ大きさのパルテノン神殿は前の柱が8本。6本のゼウス神殿はどっしりとした造り?
ゼウス神像は失われてしまいましたが、神殿の破風は遺跡近くの考古学博物館で展示されています。
東西の破風は静と動の対比が見事です。前460〜前456年の作。

東側
戦車競走に臨むオイノマス王とペロプス


ペロプスはアガメムノンを初めとするペルポネソス半島の王族の始祖ともいえる英雄です。ペロポネソス半島は「ペロプスの島」という意味ということなので、古代ギリシャで大変な勢力を持つ人物だったに違いありません。
ペロプスは元々は今のトルコに位置するリュディアの王タンタロスの息子でしたが、父は神を試すため彼を殺して料理し、神に食べさせようとします。怒った神々によってタンタロスは奈落に落とされ、ぺロプスは神によって生き返されました。生き返ったぺロプスは神々に愛され、特にポセイドンに溺愛されたといいます。その後、ぺロプスはエリス王オイノマスが行っていた戦車競走に挑戦します。オイノマス王は軍神アレスの息子で、自分との戦車競技に勝った者に娘のヒッポダメイアを嫁がせるとしていました。しかし、この競争は負ければ殺されるという過酷なもの。オイノマス王は軍神アレスが与えた不敗の戦車の力で既に12人の挑戦者を殺していました。ぺロプスはこの競技に勝ち、ヒッポダメイアと結婚して支配を広めるのですが、その勝利についてはポセイドンから名馬と戦車を得たからだとの説もあれば、ぺロプスに一目ぼれしたヒッポダメイアが王の御者であるミュルティロスに王の戦車に細工させ、王が負けるように仕向けたとの説もあるそうです。王の戦車は競技中にバラバラに壊れ、王は死亡したのだとか。


彫刻は競技が始まる前の静かで張りつめた空気を表現しています。
中央に審判者ゼウス。右にペロプスとヒッポダメイア、ゼウスの左がオイノマス王と妻
一番左、膝まづくのがミュルティロス




西側の破風は動きが素晴らしい。
中央にアポロン。周囲はテセウスらがケンタウロス族を倒す場面


テセウスはクレタ島のミノタウロスを退治したアテネの王子で英雄です。彼が親友のラピタイ族の王の結婚式に呼ばれた時、同じく招待されたケンタウロス族が生まれて初めてワインを飲み、酔っぱらって王の新妻を初めとする女性たちに乱暴狼藉を働き始めました。これに怒ったラピタイ族とテセウスがケンタウロスを倒すという場面。半人半馬のケンタウロス族は絵になります。

写真左端のアポロンの右で手を振り上げているのがテセウス




乱暴狼藉を働くケンタウロス族の動きも凄い。



中央に一人静かに立つアポロンが、全体の激しい動きを引き締めているようです。
   



破風だけでなく、神殿を飾っていたメトーブも展示されています。
テーマはヘクラテスの12の偉業(前470〜前456年)

   

ヘクラテスはギリシャの国民的英雄。ゼウスがアルクメネの夫の姿に化けてもうけた子です。嫉妬に狂ったゼウスの妻ヘラはヘラクレスを狂わせ、自分の子供を殺させました。ヘラクレスが罪を償うために行ったのがミケーネ王エウリュステウス王の10の命令を果たすこと。後に2つ追加され、全部で12の冒険をします。写真左上は黄金のリンゴを手に入れるため、アトラスの代わりに天空を支え、アトラスに黄金のリンゴを取って来させるシーン。アテナ女神も天空を支え、ヘラクレスを助けています。右上はアウゲイアス王の牛舎掃除のときアテネ女神の知恵を借りるシーン。


左下の写真はゼウス神殿のそばに残る台座。これは勝利の女神ニケの台座です。遺跡では台座しか見ることはできませんが、美しい勝利の女神ニケ像は近くの考古学博物館の目玉の一つとなっていて、博物館に入ると真っ先に目に入る正面奥の部屋で展示されています(写真右下)。

   

メンデ出身のパイオニオスの作(前5世紀後半)

 遺跡にあった説明図
本来の台座は随分高かったみたいです。
 綺麗に撮れませんでしたが
ニケ女神像の復元図

ニケの顔や羽根は失われてしまっていますが、美しさは損なわれていません。
ゼウスの大鷲に舞い降りる勝利の女神ニケの像なのだそうです。

   



ペロピオン



ゼウス神殿からヘラ神殿に向かう途中に、ペロピオンという五角形の建物の跡があるはずなんですが・・・正直、良く分からない。ペロピオンはペロプスの墓があった地に建てられたもので、彼の像と祭壇があったそうです。ヘラクレスに12の偉業を命じたミケーネ王エウリュステウスのお母さんは実はペプロスの娘。ヘラクレスの息子によってエウリュステウスが殺されミケーネ王が空位となると母方の血筋を頼ったのかペロプスの息子達がミケーネ王に招かれます。それがアガメムノンの父アトレウスと弟のテュスエス。つまりペロプスはヘラクレスより前の世代の人物で、アガメムノンの祖父ということになります。既に述べたようにペロポネス半島の名前の由来でもあるわけですし、ペロプスはかってはかなりの重要人物・神話的人物だったはずなのに・・・・、諸行無常?


ヘラ神殿

ゼウスの妻ヘラに捧げられたヘラ神殿


ヘラ神殿はオリンピアで最初に造られた神殿。紀元前7世紀(前600ころ)に建てられたもので、現存するギリシャ最古の神殿です。ゼウス神殿より小ぶりな神殿で、長さ約50m、幅約19m、高さ約5,2mの柱が前後に6本、横に16本並んでいます。
ドーリア式の柱が印象的ですが、面白いのは柱の太さなどが微妙にそれぞれ違うこと。なんでも、この神殿、元々は木造の神殿だったものを少しづつ石造に替えていったのだそうで、そのため柱が統一されていないんですって。

現在のオリンピックの聖火は、この神殿の前で採火されています。右の写真は遺跡にあった説明写真。女優さんが採火式をしています。

博物館に展示されているヘラ神殿の屋根飾り



左の写真は博物館に展示されていたヘラ女神像の頭部とされているもの。頭だけなのにかなり大きな像で、全身像は巨大だったに違いありません。耳が片方ないのはゼウスの浮気を迅速に知ることができるように・・・との説明だった気がする。

ただ、ぱっと見の印象としては大味というか、正直、余り美しいとは思えませんでした。

それにしても、オリンピアはゼウス神の聖地なのに、なぜ最初に造られたのがヘラ神殿なんだろう・・・との疑問が生じますが、ゼウス神殿ができるまでヘラ神殿はゼウスとヘラを祀る神殿だったというのが有力説。

その後、ゼウス神殿ができて別居になったんだと現地ガイドさんは笑っていました。

もっとも当初からヘラ女神だけのための神殿だったとの説もあるそうです。ヘラは嫉妬深いという印象ばかり強くなっていますが、ギリシャの女神の長だし、結婚と貞節を司る神。元々は太古からの地母神信仰とも繋がるといわれ、各地にヘラ神殿は造られています。


ヘラ神殿からの出土品で、忘れてはならないのが右のヘルメス像。

オリンピアの考古学博物館の目玉とも言える美しい像で、この像だけのための部屋が設けられています。
ヘルメスは右手で赤子を抱いていますが、この赤子はディオニュソス。酒と芸術・演劇の神です。
ディオニュソスはゼウスとテーベの王女セメレとの間の子。嫉妬に狂ったヘラが乳母に化け、セメレに「本当にゼウス神なのか。騙されているのではないのか。天に居る時の姿を見せてもらいなさい」と吹き込みます。ギリシャの神は約束したことを覆せないんだそうで、セメレの願いを聞くと約束したゼウスは本来の姿を現し、その結果、セメレはゼウスの雷光によって焼死。悲しんだゼウスがディオニュソスをヘラの目の届かないところに隠して育てようとヘルメスに頼み、ディオニュソスを助け出します。

美しいヘルメス像。しかし、この像がヘラ神殿に置かれていたというのは、ヘラ女神に対する当てつけにはならないんでしょうか。
やっぱり、元々はゼウスとヘラを祀る神殿だったのでしょうか。う〜〜ん、気になる。ヘラ女神としては穏やかではなかったでしょうね。

プラクシテレス作。前354〜340年ころのものとされます。

美しいヘルメス
 
 幼いディオニュソスの顔が分かるでしょうか


神殿の前にはローマ時代(2世紀)にイロド・アティコスが寄進した給水施設ニンパイオンもあります。彼はアテネのアクロポリスの南麓に音楽堂も寄進している大金持ち。オリンピアは2つの川に挟まれていますが、川の水は石灰分が多く飲めないんだそうで、人々が水を飲めるように、わざわざ遠くの泉から水を引いているのだそうです。競技をする場所だけに、さぞ喜ばれたことでしょう。

ヘラ神殿とニンパイオン
 
ニンパイオン
 


ヘラ神殿から競技が行われたスタジアム方向に向かいます。

メトロオン(母神殿)



メトロオン(母神殿)はゼウスの母レアに捧げられた神殿
このあたりに、かってゼウスの祭壇があったはずなのですが
手がかりになるものすら残っていません。


宝庫

メトロオンのあたりから、少し高くなった場所に各ポリスや植民地の宝庫の跡が並んでいました。
宝庫にはゼウス神に奉納した品々が収められ、オリンピックの時は宿泊所にもなったそうです。




更に進むと宝庫の反対側・右手に美しい1本の柱が残っています。

反響廊



今は柱が1本残るだけですが、元々は細長い大きな建物だったようです。反響廊と呼ばれるのは、ここで声を出すとその反響が素晴らしかったから。大きな声を競う競技もあったそうです。

このあたりから、スタジアムに向かう聖なるトンネルのアーチが良く見えて来ます。その手前に幾つも残る基壇は競技で不正を働いた者からの罰金で建てたゼウス像の基壇。幾つもあるのは、それだけ不正を働いた人がいたということでしょう。いつの時代にも不正ってあるんですね。

思いっきり逆光ですが、雰囲気は伝わりますかね・・



聖なるトンネルとスタジアム

聖域からスタジアムに向かう通路。今はアーチが綺麗ですが、古代には上に土が盛られてトンネルになっていたそうです。このトンネルは選手と審判しか通れない聖なるトンネルでした。

トンネルを抜けると広大なスタジアム。
古代オリンピック競技は最初は短距離走だけでしたが、次第に中距離や長距離、五種競技(徒競走、円盤投げ、やり投げ、走り幅跳び、レスリング)、ボクシング、パンクラティオン(総合格闘技)、競馬や戦車競走、完全武装しての徒競走、使者の大声競争やラッパ手競争と多くの競技が追加されるようになります。

競技に参加できるのはギリシャ人の自由民である男性のみ。外国人や奴隷は参加できません。

そして、競馬や戦車競走以外の競技は全て全裸で行われたというのは有名な話。

また、女性は見学についても禁じられていました。女性でも未婚女性だけは見学できたとの説もあるそうですが、若い未婚女性が裸の男の競技を見て良いのでしょうか・・・・。
既婚女性で見学できるのがデメテルの女神官1人のみだったのは間違いないそうです。


広大なスタジアム。幅30m、長さ192m。両脇の丘が観客席で2万人収容。
左側の丘の石は既婚女性で唯一見学を許されたデメテルの女神官の観客席


地面に直線に置かれた石はスタートライン。3本の筋が入っています。


フィリペイオン


スタジアムから再び聖なるトンネルを抜けて聖域に戻り、反響回廊や宝庫の下を通り、ヘラ神殿を抜けて入口付近に向かうと、綺麗な円形の建物が見えて来ます。

これはマケドニアのアレクサンダー大王の父、フィリポス2世が戦勝記念に奉納したもの。アレクサンダー大王が完成しました。イオニア式の柱の美しい建物です。
再現図
 


オリンピアを訪れたなら絶対に忘れてはならないのが遺跡近くのオリンピア考古学博物館

オリンピア考古学博物館



入口を入ると、正面奥に勝利の女神ニケ像、そして手前の大きな部屋にはゼウス神殿の東西の破風。見どころの多くは既に紹介しましたが、今までに紹介できなかった優品をまとめてみます。


青銅のグリフィン(前8世紀)
 
中段  アガメムノンの敵討ち(前8世紀)

アガメムノンはトロイ戦争でギリシャ側の総大将となったミケーネ王。トロイから帰還後、妻クリュタイムネストラと情夫であり叔父でもあるアイギストスにより殺害されます。アガメムノンの娘エレクトラは幼い弟オレステスを逃しました。そして、成長したオレステスは姉の助けも借りて父の仇である母とアイギストスを殺害します。父の仇である母をオレステスが殺害するシーン。


美少年ガニュメダをさらうゼウス像
 
 アテネ女神像頭部?とても美しかった。


イロド・アティコスの妻がゼウスに捧げた牡牛像。ニンパイオンに置かれていました。



 フェイディアスの名前が書かれた陶器
 ローマ時代の色ガラスの壺



オリンピアは緑豊かな遺跡です。
桃色のハナズオウが満開で実に美しかった。
オリンピアのハナズオウは有名なんだそうです。
博物館も凄すぎて大興奮でした。
カメラの調子が悪く、上手く写真が撮れなかったところもあるので
是非また行きたい場所です。


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参考文献

古代ギリシャ・時空を超えた旅(2016年東博展覧会図録)
ギリシャ神話 呉茂一著 新潮社
ギリシャの神話・神々の時代 カール・ケレーニイ著 中央公論社
ギリシャの神話・英雄の時代 カール・ケレーニイ著 中央公論社
図説ギリシャ・エーゲ海文明の歴史を訪ねて 周藤芳幸著 ふくろうの本
図説ギリシャ神話・神々の世界篇 松島達也著 ふくろうの本
図説ギリシャ神話・英雄たちの世界篇 松島達也・岡部紘三著 ふくろうの本
目で見る世界七不思議の旅 森本哲郎編 文春文庫ビジュアル版
古代ギリシャがんちく図鑑 柴崎みゆき著 バジリコ株式会社

基本的には現地ガイドさんの説明を元にまとめています。